『トライアングル・ウォーズ』より二日が経とうとしていた。

徐々にではあるが、情報が集まりだしていた。

三十六『再編』

吉報、凶報が入り乱れて集まる中、とりわけ最悪の凶報といえばカイロとアトラス院の被害状況だろう。

無人偵察機による偵察で『六王権』軍が、カイロはおろかエジプトから全面撤退したと言う情報が来た時には、『六王権』軍をアトラス院が退けたのではと言う憶測が広がり、祝賀ムードに包まれた。

しかしそれも、救出部隊がカイロに入るまでだった。

救出部隊をカイロで出迎えたのは数え切れない数の死体と、それに群がる僅かな死者、そしてやはり至る所に死体が転がるアトラス院だった。

その報告を聞き志貴はシオンを伴いアトラス院に急行、幸い例の封印の闇は解け、転移も可能となったのだ。

そこでシオンは冷たくなった両親の遺体を発見した。

遺体の外観は奇麗だった事を考えれば、二人の死は、死者に身体を貪られながら死ぬと言うある意味では不幸な死を免れた事を意味していた。

だが、それもシオンにしてみれば何の慰めにもならない。

何しろシオンは『蒼黒戦争』開戦直ぐに親友のリーズバイフェを失い、今度は両親と『七夫人』の中では最も多くの家族友人を失った。

それでも気丈に両親の遺体を引き取りや事務業をこなしていたが、志貴と二人きりになった時には忍耐の限界だった。

志貴に縋り付き、声を上げて涙も声も全て枯れ果てるまで泣きじゃくった。

志貴も何も言わず包むようにシオンを抱きしめ、ただ静かに泣き止むのを待ち続けた。

更に未だリィゾの死から立ち直れないアルトルージュも加わり、志貴は二人分の悲嘆を受け止める形となった。

その一方で、志貴は約束していた『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』をゼルレッチ、更にロンドンから駆け付けて来たメディアに披露していた。

場所はロンドンから北に約百五十キロ、ウォッシュ湾に面する港町キングズリン、そこの郊外のさらに深夜に人避けの結界から、侵入者探知の結界まで加え、万が一の第三者に見られる事に念には念を押しての用心に入る。

もしも志貴の『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』が二人の予想通りのものならば、絶対に見られてはならないのだから。

「「・・・・・・」」

二人は空間閉鎖された空間の内部に作られた更に閉鎖された空間内で志貴の『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』を凝視していた。

「・・・もういいぞ志貴」

ゼルレッチの言葉に頷き『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』を解除する。

時間にして五秒だったが、それで充分。

二人にはこれの正体は知れた。

「どう見る?神代の魔女よ」

「どう見るも何も間違いないわ。これは固有世界・・・一体どうなっているのよ今の時代は・・・固有世界の持ち主が二人も現れるなんて・・・」

「やはりか・・・つまり志貴は『代理人』の資格を得たと言う事か」

「宝石の魔法使い、貴方『代理人』を」

「見た事はないが、知っている」

志貴をある意味置き去りにして話を続けるゼルレッチとメディアに思わず口を挟む。

「師匠、これは俺の固有結界がどうか」

「固有世界だ」

志貴の問い掛けを遮る様にゼルレッチが訂正する。

「え?」

「お前の『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』は固有結界ではない。世界に認められた心象世界、固有世界だ」

「固有世界?それに世界に認められたって・・・」

困惑する志貴に今度はメディアが固有世界と固有結界の違いを説明をする。

「・・・」

予想を遥かに超える自分が持つ力に志貴には珍しく呆然とする中、ゼルレッチはメディアと話を再開する。

「そうなると七夜の坊やは『象徴(シンボル)』は・・・いえ、多分まだ持っていない」

「志貴の直死の魔眼は違うのか?」

「確かに彼の魔眼は強力よ。でもあれはあくまでもバロールの亜種。唯一無二ではない、『象徴(シンボル)』と呼ぶには力不足よ。でも彼の支配領域(グラスパー・カテゴリー)は『死』である事は確定だけど」

そこに志貴が再び質問を挟む。

「何ですか?『象徴(シンボル)』と言うのは?」

「ん?ああそうかお前には何も説明していなかったな。『象徴(シンボル)』の前にお前には・・・」

そう言った時だった。

突然志貴の携帯に着信音が響く。

「ちょっと待っていて下さい。誰からだ・・・姉さんから?なんだろう・・・もしもし」

『志貴君!直ぐに戻ってきてもらえますか!『六王権』軍に大きな動きが』

「判りました。師匠・・・すいませんが、『六王権』側に動きがあったみたいですのでイスタンブールに戻ります」

「判った。私は『千年城』に戻ろう。神代の魔女よ。夜も遅くにすまなかったな」

「別にいいわよ。私もロンドンに戻るわ」

戦況は彼らに悲嘆に暮れるという人間らしい感情をさらけ出す暇も、志貴にある真実が伝わる時間を与える事も無かった。

戦況が更に激変したからだ。









志貴が帰還して持ちうけていた情報、それは高高度からの無人偵察機と陸上の無人偵察車両からの情報からで、欧州の『六王権』軍に大規模な戦力移動有りとの報告がもたらされた。

戦力は東欧南部、すなわちイスタンブールに対峙する形でチョルルへは百万の死者が、そしてジブラルタル海峡へは実に二百万の軍団を死徒二十七祖十五位、リタ・ロズィーアンが指揮統率する形で移動を開始しているとの事だった。

「どう言う事だ?いや、間違いなく先日の損害に対する補充の戦力だと思うが・・・シオ・・・いや」

いつもの癖で『七夫人』の智の要であるシオンに意見を尋ねようとしたがシオンの心境を慮り訂正しようとしたがそれを

「志貴・・・私なら大丈夫です」

他ならぬシオン自身が拒否する。

「そうか・・・じゃあシオンどう思う」

「志貴の言う通り戦力補充でしょう。先日の戦いで『六王権』軍はロンドン、イスタンブール、そして・・・アトラスと軒並み大損害を被りました。ここで戦力を補充しなければ、反攻を受けた際には戦力バランスが崩壊してしまいます。死者は疲労も感じない人形ですが、複雑な思考は出来ません。死者は兵士としては強敵ですがそれ以上でもそれ以下でもありません」

シオンの意見に志貴は頷く。

だがそれでも納得がいかないと首を傾げる。

「だが、そうなると向っている戦力に納得がいかない」

「志貴君、どう言う事?」

「・・・普通ならイスタンブールとロンドンに大戦力を差し向けるべきだ。なのに、『六王権』軍はジブラルタルに・・・と言う事はアフリカに差し向けるつもりなんだろうがこの戦力は大袈裟すぎる。あまつさえ今や奴らの陣営にとっては貴重な二十七祖まで投入するんだぞ」

志貴の言うとおり、先日の『トライアングル・ウォーズ』で『六王権』軍は死者の損害は勿論、二十七祖である、ヴァン・フェム、ネロ・カオス、エンハウンスと三人の祖を失った。

『六王権』軍には総司令である『六王権』を含め十五人の祖がいる。

そこから高々三人の祖がいなくなったなどさしたる損害ではないと素人眼には思うだろうが、『六王権』軍にとってこの三人の祖を失うのは手痛い損害だった。

実はそこにこそ『六王権』軍が潜在的に秘めている、兵力補充の不安定に並ぶもう一つの弱点がある。

それは有能な指揮官の絶対的な不足。

人間の軍隊であれば、例え兵士であっても素質があれば昇進し、指揮官になれるかも知れない。

だが、『六王権』軍の場合、死者となった以上、その者はどう足掻こうとも死者のまま、親である死徒の人形でしかない。

つまり指揮官は死徒がならなければならない訳だが、死徒になる素質があると言う事と、指揮官として有能である事は必ずしもイコールではない。

時折下級死徒でそれなりに有能な者も出るが、それを無能な上級死徒が悉く食い潰す事により指揮官の質は全く改善されない。

そんな中ではあったが、『六王権』軍に与した二十七祖は全員指揮官として一定の能力を誇っているがその中でも『六王権』と側近達を除けば最も有能な指揮官こそこの三人だった。

特にエンハウンス、ネロ・カオスはそれぞれ『風師』と『地師』の片腕として、副司令官、更には独立した軍団の司令官として『蒼黒戦争』開戦時から武勲を重ね、エンハウンスは『イタリア撤退戦』で、ネロ・カオスは『彷徨海』覆滅の戦いで突出した功績を挙げてきた。

この二人を一度に失った事は『六王権』軍にとって大きすぎる痛手だった。

それを考えればアトラスという重要拠点が陥落し未だ再建の目処すら立っていない状況でこの大軍の派遣は異常だった。

それに関してシオンが一つの可能性を上げる。

「おそらく兵士にする死者を獲得する為ではないのですか?アフリカはロシアに比べると未だ現地住民の避難等が進んでいるとは言えません。それどころか未だに紛争が続いている場所もあります。そこに付け込めば正直いくつかの国が丸ごと『六王権』軍の死者になる可能性も否定出来ません」

『六王権』軍の死者獲得の苦心ぶりは既に彼らの周知の事実。

それに一つ頷く。

「なるほどな・・・それを見越しての大軍の派遣か・・・ありえるな・・・だけど・・・」

志貴にはもう一つ深刻な疑問があった。

それは『トライアングル・ウォーズ』最後の一角に注がれていた。

「だが、ロンドンに対する備えの薄さは一体どう言う事だ」

それはフランス、カレーに集結している『六王権』軍、その備えの余りの薄さについてだった。

「カレーにも『六王権』軍が集結しているがその数は推定五万前後、確かに大部隊だが、イスタンブール、アフリカに派遣された戦力を見れば明らかに見劣りする」

「それってドーヴァーの防衛力を加味して戦力を薄くしたんじゃない?」

さつきの意見にシオンが頷く。

「さつきの意見はもっとも。『六王権』軍ほど致命的ではありませんが、我々も海は泳がないとなりません。イングランドと欧州は陸続きではないのですから」

ドーヴァー海峡が人でも泳ぎきれる海峡だと言うのは周知の事実だが、それでも楽に渡れる距離ではない事も事実。

それを考えれば協会方面の戦力を薄くしたと言うのも考えられる。

しかし、それに琥珀が異論を挟む。

「でも、さつきちゃん、ロンドンにいるのが普通の魔術師だけだったらまだしも、あそこにはアルトリア様を始めとした英霊の方々、それにまだ眼を覚まさないとしても衛宮様もいるんだよ。ドーヴァーの防衛力を考えたとしてもこの数は少な過ぎるよ」

「そう、そこが一番引っかかるんだよ。協会所属の魔術師やフリーランス、バルトメロイ率いる『クロンの大隊』も未だ健在、英霊達や士郎も除いてもそれだけの戦力があるのにそれをあたかも無視するような数の少なさ・・・ありえないだろう」

「あとは・・・考えられるとすれば・・・上級死徒を主力に集めた精鋭部隊の可能性は?」

「それもありえる。どちらにしても情報が足りなさ過ぎる。決断するには速すぎる。それで姉さん、ロンドンはどう動くか判っているんですか?」

志貴としては『六王権』軍の不気味な戦力編成の意図が判明するまで、最低でもカレーの部隊を誰が指揮しているのかが判明するまでは協会も動かずに守勢に回るであろうと思っていた。

だからこそ次のエレイシアの言葉をすぐには信じる事が出来なかった。

「それが・・・協会上層部はこの期に乗じてドーヴァーへ攻勢をかけると決定してしまったんです」









協会のこの決定は身内からも慎重論が相次いだ。

戦力の極端なまでのアンバランスに不安を覚えるものが多数いたからだ。

まずは情報を収集しその上で慎重な判断を下すのがベターだと論陣を張っていた。

だが、多数派ともいえる慎重論をも押し切って攻勢を強行した背景には、最近になって起こりつつある魔術協会、ひいては『時計塔』に対する風当たりの強さがあった。

様々な難癖をつけて『六王権』捜索を渋ったが為に今回の大戦争が起きたと崩壊した『彷徨海』やアトラス院の生き残りから公然とした批判が沸き起こり、それに聖堂教会も便乗したのだ。

更には『我々には多大な出血を強いておいて自分達は安全な魔道要塞内で安穏にしている』と非難に育ちつつあった。

『彷徨海』、アトラス院、そして聖堂教会は『蒼黒戦争』で多大極まりない被害を受けている。

三つともこの戦争で本拠地を陥落させられ、アトラスに至っては致命的なまでの人的資源の被害を被った。

『彷徨海』、聖堂教会はアトラスほど深刻ではないがどちらも人的被害は無視しえるものではないし、埋葬機関は局長ナルバレックを失った。

そんな中、『時計塔』だけは未だ公然とした戦力をロンドン魔道要塞に保有している。

それだけならば『六王権』軍との最前線で睨みを利かせていると抗弁も出来る。

しかし、そんな『時計塔』の足を引っ張ったのは他ならぬ院長を始めとする上層部の右往左往ぶりだった。

『六王権』軍の第一次倫敦攻防戦の直前、上層部の面々は軒並み補給と通信等後方支援に従事すると言う名目でアメリカに避難、更にアメリカに死者の無差別投下、そしてそれに連動しての大暴動が始めるや今度はアメリカを脱出しアイスランド首都レイキャビクに移動、現在もそこで後方支援の指揮に追われている。

だが、いかに指揮を取っていたとしても、傍目から見ればそれは安全な場所を求めて逃げ回る為の方便としか思えなかった。

それが批判を更に拡大させる結果を生み、『時計塔』の立場は著しく悪いものになっていた。

この現状を打破し更に上層部としては戦後における発言力の回復を見通してこの攻勢を決定した。

だが、その意気込みに反して彼らはカレーに集結している『六王権』軍の情報の殆どを掴んでいなかった。

敵の戦力編成や指揮官が誰なのか、それすら判らずただ数だけを見て敵を侮り攻勢に出ようと言うのだ。

この攻勢命令はすぐさまロンドン魔道要塞の修復を陣頭指揮で行っているウェイバーに届けられた。

それを見たときのウェイバーの第一声は『遂に狂ったか』であった。

敵の数以外何一つ判っていない事に加え、ロンドンの魔道要塞修復もスタートラインに入ったばかり、とてもではないが攻勢に出る余力等ある筈も無い。

しかも、これがイスタンブールや一時的に奪還した北アフリカが呼応して行われる大反攻作戦ならばまだしも、『時計塔』一ヶ所だけの単発的なもの、攻勢を持続できる筈もない。

そうなれば今度はこちらが『六王権』軍の猛攻に晒される結果をも伴いかねない。

余りにも危なすぎる賭けだった。

だが、何とか作戦中止を申し出ようにもそれは不可能と突っぱねられる。

せめてロンドン魔道要塞修復が完了するまでは作戦実行の延期をと何度も申し出た結果、上層部の慎重派達の度重なる進言もあり、どうにか作戦開始を十日間だけ延期を認められた。

その決定が伝えられるや即座にウェイバーはバルトメロイと共に魔道要塞修復を急ピッチで進める一方、イギリス軍には高高度偵察機の出動要請に加えて、イスカンダルにも『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』での偵察を願い出た。

延期された十日間を使い作戦の成功率を少しでも上げようとしていた。

そのウェイバーの意図をわかっているのかイスカンダルは自身の戦車に偵察の為、高感度、更に暗視カメラを持ったイギリス兵を伴い出陣。

イギリス軍もウェイバーの要請を了承し、即座に高高度偵察機を出撃させる。

数時間後、当然と言えば当然だがイスカンダルは伴った兵士含めて全員、偵察機も『六王権』軍空軍の襲撃を受ける事無く、双方共に無事に帰還。

『六王権』軍を上空からの写真、映像での撮影に成功した。

それらの映像及び写真は即座に魔術で修正がされ、念密に検証が行われた。

その結果カレーに集結している『六王権』軍の詳細が判明したのは三日後の事だった。

数は推定五万、最初の報告どおりであった。

しかしその内訳は死者が約四万近く、下級上級含めた死徒は約一万、量よりも質を重視した部隊と言う事になる。

そして何よりもこの部隊を指揮している指揮官の正体が判明するや一同は騒然となった。

それは死徒二十七祖第十七位『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼ本人だった。









「・・・王よ感謝しますぞ。おかけで我々はわざわざ虎口に飛び込む愚行を行わずに済みました」

詳細を知るやウェイバーは開口一番でイスカンダルへの謝辞を口にする。

ウェイバーの言う通り、もし何も判らぬまま攻勢を仕掛けていたらと思うと肝が心底冷える。

そしてこのような碌でもない作戦を立案した奴や賛成した奴らには、はらわたが煮えくり返る憤りを感じずに入られなかった。

「院長達もここ最近教会などから聞こえる我々の風評が気になるようですね」

バルトメロイの口調には侮蔑に近い冷え冷えとしたものが篭っていた。

ロンドンから後退するまではまだいい。

だが、アメリカまで逃げ、アメリカが危険と判るや今度はアイスランドに逃げる、その姿勢こそが他からの酷評に繋がっている。

後退するならばスコットランドのエディンバラまたはスコットランド最大の都市グラスコーで踏み止まる、もしくはたとえ暴動が起ころうともアメリカに司令部を置き続ければ良かったのだ。

「どちらにしてもロード・エルメロイU世、上層部に作戦中止を進言せねばなりませんね」

「当然だ。これだけの重厚な敵の布陣、こちらの数を減らし、敵の数を増やすようなものだ・・・」

即座にウェイバーは敵の詳細をレイキャビクに報告、作戦中止を上申した。

作戦を指示していた面々もまさかこれだけの戦力の質を持っていたとは予想の範囲外だったらしく、大慌てで作戦中止の通達を出したのは上申から僅か一時間後だった。









「それにしても・・・本気で上に振り回されたわね私達」

そうぼやくのは作戦中止を受ける寸前まで進軍準備に追われていた凛。

上層部からの命で渋々ながら出撃体勢を整えてきた所でのこの中止命令だ。

どっちなのかはっきりしてくれと言うのが正直な本音だろう。

「ですが、敵の精鋭部隊との戦いに何の心構えが出来ずに戦う事態だけは避けられただけまだましではないですか?」

凜のぼやきにアルトリアが生真面目に受け答える。

「それは判っているわよ。でもぼやかずにはいられないわよ。それに・・・まだ士郎の奴眼を覚まさないし」

『影』との戦いから一週間近く経つが未だ士郎は眼を覚まさない。

その事を思い出し、二人共表情をしかめる。

「終わったらまたシロウの所に行ってきます。もしかしたら眼を覚ましているかもしれませんので」

「ええ、お願い」

しかし、その予定は直ぐに変更を余儀なくされた。

それから三十分後、カレーに集結していた『六王権』軍が突然例の輸送兵器によってドーヴァーを突破、ロンドンを目指し始めていると報告が上がったのだ。









『六王権』軍の四回目のロンドン侵攻の報告はロンドン方面の『六王権』軍の編成と共にイスタンブールの志貴達にも届けられた。

「十七位が陣頭指揮を執っているって言うのか・・・しかも死徒の割合が二割に届くとは・・・量より質をとってきたって事か」

ロンドンのウェイバーと同じく、ゼルレッチを通じて『時計塔』に中止要請を今まで出していた志貴だったが、報告を聞いて短く溜息を吐く。

この情報はロンドンは独自に集めたそうだが、その判断は正解だったと志貴は思う。

半歩間違えれば返り討ちにされる可能性すら存在していたのだから。

「だけど志貴、変じゃない?今までの中で一番少ない数だよ」

そう疑問を投げかけるアルクェイドに志貴は頷く。

「確かにないままでのロンドンの侵攻は大抵十万以上だった。今回はその最低ラインより更に半分少ない。だけど、今回は質を重視しているのなら数は重要視されるものじゃない」

そう説明したが、その志貴も内心腑に落ちないものがあった。

どうしてこの規模でしかも今なのか?

ロンドン魔道要塞の防衛力は過去三回の倫敦攻防戦で見せ付けられた筈だ。

ドーヴァー海峡の制海権の防衛だけならばこの精鋭と十七位がいれば事足りる。

しかし、侵攻となれば話は別だ。

何か裏があるのか、それとも別の意図があるのか・・・

しかし、今の志貴達に情報は圧倒的に少ない。

それでも可能な限り判明している情報から真実を導こうとしたのだが、前線からもたらされた更なる情報が志貴達に余所に注意を払う余裕を無くしてしまった。

『チョルルに『六王権』軍空軍の主力及び、十六位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモアを発見した』

と、先行して偵察を行っていたフィナとメレムから送られた報告が。

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